民俗学の旅〜宮本常一という人〜

民俗学とは

子どものころから歴史が好きでした。
そして30を過ぎたころから「歴史」という言葉の中からはこぼれ落ちてしまうような、
名もなきひとたちの生活に強く惹かれるようになりました。

昔の人たち、それも庶民の生活を意識するようになったのは、
宮本常一さんの著書『民俗学の旅』を読んだのがきっかけです。

「民俗」と「民族」とは異なる言葉ですが、
「民族」から生まれるものが「民俗」だと言えるのではないでしょうか。

また別の視点からみれば、偉大な武将や時の権力者が定めた決まりごとが歴史だとすれば、
長い時間の中で人びとが育んできたものが民俗と言えるかもしれません。

生い立ち

民俗学者、宮本常一

宮本さんは1907年生まれ。
ちょうど夏目漱石が『虞美人草』 の連載を始めたのがこの年です。

民俗学者といえば有名なのは柳田國男ですが、
宮本さんは学生時代、柳田國男の研究に影響を受け、
のちに渋沢敬三(第16代日本銀行総裁)に見込まれて食客となり、
彼の援助のもとで民俗学の研究を行うようになりました。

彼の研究はひたすら実践でした。
日本中をくまなく歩き回り、各地の村々を訪ねました。
生涯で1200軒以上の民家に宿泊したといいます。

大阪府嘱託時代

戦時中の食料対策

終戦直前、宮本さんは大阪府の嘱託として、
農業技術指導員の職につきます。

大阪中の農村を訪ねて、なにが求められているのか、
なにをすべきなのかを考えました。

肥料を偏りなく分配し、優れた技術を持った人がいれば、
その技術をよそへと伝えました。

戦後には食料が困窮する中、農村を尋ね回り食料の供給をお願いします。
闇で取引する方が高く売れるため、食料は中々正規には出回らなかったのです。

しかし農村の人々は頭をさげる宮本さんに対し、
「大阪民を飢えさせるようなことはしない」と約束してくれました。

北海道へ

戦災に遭いすべてを失った人々は新天地を求め、
北海道を開拓するために入植しました。

北海道というところは現在では想像もできませんが、
一面の原野で田畑を開くのも一苦労の土地でした。

宮本さんは大阪府の嘱託として彼らに同行します。
人々を北海道まで連れて行き、彼らと別れた宮本さんは
その時の心境をこう書いています。

「その人たちをここで棄ててきた思いがしきりであった」

それから宮本さんは北海道の現状を知るため、
道内の入植地の様子を見て回ることを決心します。

木々の伐採をしながら土地を切り開いている人々。
荒れた硬い土を人力で耕す人々。

小学校へも行けず、熊の出る山の中の粗末な小屋で
少年時代を過ごしたという人、
そんな人々の話を訊いて回ります。

函館から東京へ

道内各地を巡り、函館まで帰ってくると、
季節はもう雪がしっかり積もるほど冬になっていました。
本土に帰る船を三日三晩、凍える駅構内で膝を抱えて眠りながら待ちました。
駅には入植に失敗して引き返す人々も沢山いました。

大阪を出るときに持ってきた食料もそこをつき、
何も食べずに船を待ち、四日目にようやく船に乗り本土へ渡りますが、
そこから東京まで窓ガラスの割れた寒い電車に乗って二日間。

結局水を飲むだけで六日間を過ごした宮本さんは、
東京の渋沢邸にたどり着き、ご飯を食べたとき、

「飯の上にボロボロと涙をおとしてしまった」

と書いています。
宮本さんの涙は六日間の空腹のせいだけではないでしょう。
自分が北海道においてきた入植者たちのこと。訪ねて回った入植地の人々。
様々なことがご飯を食べた瞬間によぎったのだと思います。

全編を通して大好きなこの本の中でもとりわけ胸に迫るシーンです。

養蚕の思い出

急に私事になりますが私の実家は東北の田舎で、
祖父母は私が7〜8歳になる頃まで、養蚕を行なっていました。

ビニールハウスに手押し車で桑の葉を運び入れると、
密閉された熱気とともに蚕たちの葉を食む音で空間が満ちていました。

また、田植えの季節になると家族や親族が集まり、
総出で作業をしたものです。
さすがに手作業ではなく田植機ではありましたが。

やがて養蚕から手を引くと祖父母は、
自分たちが食べるために必要な分の作物を育てて暮らしました。

私は毎日、土を耕したり種をまいたり、
薪を割ったり祖父母の手伝いをするのが好きでした。

仕事を終えて、その場で採った作物を料理する祖母の夕飯の味は、
とても言葉にすることができません。

そういったことのすべてが大人になって気がつけば、
とても貴重な体験だったと思います。

おわりに

一番上の写真は自宅で『民俗学の旅』だけをテーブルの上で写していたら、
妻が本棚から出してきて並べてくれました。

妻に応えて私もiPhoneではなく、きちんとしたカメラを出してきて撮りました。
「宮本くん、いいね。柳田くんはもっと右に!」
と言いながら本を並べる妻の目は、まるでリカちゃん人形で遊ぶ少女のようでした。
(この本はほとんど妻の持ち物。ちなみに30代の夫婦です)

あまりにもかけ離れた内容なので一応言っておきますと、
このブログはWeb制作会社のブログです。

次回は、「Sassで作る!便利なメディアクエリのmixin」をお届けします。

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KO

誕生日に会社のみんなから『世界文学全集』をプレゼントしてもらった読書好きフロントエンド・エンジニアです。WordPressとMovableTypeが得意ですが、本当の特技は薪割りです。

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