仙厓の生涯〜出光佐三と仙厓作品の出会い、出光美術館の始まり〜

三連休、初日。出光美術館で開催されている大仙厓展を見てきました。
街角のポスターで見て、とてもかわいらしい絵に惹かれていたのですが、
仙厓のことは詳しく知りませんでした。

友人が誘ってくれたので、今回始めて仙厓作品に触れることができました。

出光美術館の観望
出光美術館からの眺めがとても良かった。
江戸を彷彿とさせる景色がたまらなく好きです。

仙崖、禅画を描くまで

仙厓、誕生

仙厓は正しくは仙厓義梵(せんがいぎぼん)といいます。
1750年に美濃国、現在の岐阜県で生まれました。
父は井藤甚八といい、小作農でした。

仙厓は11歳の頃、禅宗の大寺院、清泰寺で得度・出家します。
その後、武蔵国永田(現・横浜市)の東輝庵で、月船禅慧の元修行しました。

仙厓、博多へ

32歳の年、師が遷化すると、彼は長い諸国行脚の旅に出ました。
40歳になると兄弟子の太室玄昭の勧めで、博多・聖福寺を訪れます。

その翌年、仙厓は聖福寺で住職となりました。
そして疲弊していた名刹・聖福寺の復興と、弟子の教育に力を注ぎ、
62歳になると、あとを弟子の湛元にまかせ虚白院に隠居しました。

仙厓、禅画を描く

悟りで茶を飲む

仙厓は虚白院に隠居したのち、沢山の禅画を描きました。
彼の画はかわいらしく、ユーモラスで愛嬌に満ちています。

禅画では「円」を描くことは悟りの境地を表すものと考えられ、
禅僧の間で好まれていました。

しかしそんな「円」も仙厓にかかると愛嬌があります。

一円相画賛
引用:出光美術館HPより

上の「一円相画賛」には「これくふて 茶のめ」と書いてあります。
悟りをまるで饅頭や大福のように描いています。

指月布袋画賛
引用:出光美術館HPより

チケットやフライヤーにもなっているこの「指月布袋画賛」では、
布袋が満月を指差しています。満月もまた円であり、悟りの象徴とされます。

布袋は満月を指差し、悟りとはこの月のように、
簡単に手が届くものではないことを教えています。

仙厓はこの画に月を描きませんでした。一方では茶菓子のように供しながら、
また一方では、描きようのない遠いものとしている。

仙厓は一体どんな人だったんでしょうか。核心に触れることはうまくはぐらかしながら、
それでも優しく人を導いて行くような、なんとなくそんな人物像を想像してしまいます。

晩年の仙厓

仙厓絶筆

仙厓は求めに応じたくさんの画を描きました。
しかしあまりにも多い注文に疲れてしまったのか、83歳の年、彼は絶筆宣言をします。

石に「絶筆」と彫り、庭に置くほどの周到ぶり。
しかしそれでも彼の画を求める声は衰えず、大した間も置かず、仙厓は再び筆を執りました。

それも「絶筆」の石碑を画にするという洒落を効かせて。

仙厓没す

天保7年、聖福寺を任せた弟子の湛元が罪を受けて遠島されます。
仙厓は87歳にして、住持として返り咲くことになりました。

しかしその翌年、彼は88歳にして生涯を閉じました。
今でもご長寿ですが、当時としてはかなりのご長寿です。
仙厓は弟子たちの最期の言葉の求めに応じ、一言こう言いました。

「死にたくない」

  江戸時代の終わり頃、九州は博多の聖福寺に、「仙厓さん」と呼ばれ、多くの人々に慕われた禅僧がおられました。
 晩年のこと、88歳の仙厓さんは、いよいよ臨終というまさにその時、「死にともない」とつぶやきました。それを枕元で聞いたお弟子さん達はビックリ仰天です。
 「え、いったい何を仰るのですか!」
 「どうか有り難い末期の一句をお願いします」
と、皆が詰め寄りました。すると仙厓さん、渾身の精気をふりしぼって、
 「ほんまに、ほんまに、死にともない!」
と言って息を引き取られたのでした。

引用:法話「「死にともない!」今、精一杯の一言」

これは死への恐怖というよりも、
人生が楽しくて仕方がなかったが故の一言ではないでしょうか。

叶うことならお会いして、一緒に円を見ながら茶を飲みたい、
そう思わずにいられません。

このエピソードで思い出したのですが、葛飾北斎の晩年の言葉。

「私は6歳より物の形状を写し取る癖があり、50歳の頃から数々の図画を表した。とは言え、70歳までに描いたものは本当に取るに足らぬものばかりである。(そのような私であるが、)73歳になってさまざまな生き物や草木の生まれと造りをいくらかは知ることができた。ゆえに、86歳になればますます腕は上達し、90歳ともなると奥義を極め、100歳に至っては正に神妙の域に達するであろうか。(そして、)100歳を超えて描く一点は一つの命を得たかのように生きたものとなろう。長寿の神には、このような私の言葉が世迷い言などではないことをご覧いただきたく願いたいものだ。」

仙厓の画は今にも動き出しそうに見えます。
描く円一つにもユーモアのある仙厓は死の間際、
北斎と同じことを考えていたのではないか、そんな風にも思えます。

Writer

ko

KO

誕生日に会社のみんなから『世界文学全集』をプレゼントしてもらった読書好きフロントエンド・エンジニアです。WordPressとMovableTypeが得意ですが、本当の特技は薪割りです。

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